武装親衛隊下士官達の記念撮影
本当に、この世界は1度疑いはじめるときりがありません。
こちらの写真は幅13cmほどの裏面がポストカード仕様になっている、戦中に軍事郵便などに使われたごくありふれた記念撮影的な集合写真です。 こうしてざっと見たところカードの経年劣化も相まって何の疑いもなく当事の写真と信じてしまうのですが、これを現代の技術であるスキャナ取り込みで細部を逐一確認していくと、所々にストレートに信じてしまうには怪しくなる幾つかの疑問点が浮き出てきます。
拡大図
まず全体を眺めてみて真っ先におやっ?と感じるのは、画像の通り並んだ下士官達の顔のバリエーションがあまりに幅広く、かつ大戦中のドイツ人に見えないような顔が多く見受けられることです。
ただし武装SSも大戦中期頃になると、人的資源の不足からヨーロッパ各地の民族ドイツ人を数多く下士官へ選抜している可能性もあり、一概に顔のバリエーションだけをもって写真が偽物と決めつけることは早計な気もします。
なお各人の服装については、独自に調べたところ致命的な考証の間違いなどは確認できませんでした。 着用している徽章やカフタイトルからは撮影日がおよそ1943年以降と推測できますが、これも決め手になりません。 下士官達の徽章類は体力検定章や2級戦功十字章が割と多く確認でき、大半が前線指揮官というよりは後方勤務の補給や技術系の下士官という印象が伺えます。
このあたり、もし彼らが戦後の偽者(Reenactorと言うべきでしょう)で意図的に戦中のような写真を撮影したとすると、見た目が派手な戦闘要員タイプではなく、あえて地味な兵種選択・考証を選んだ着眼点にむしろ敬服するところです。
カフタイトルのアップ。 "Totenkopf " "Wiking" "Deutschland" "Prinz Eugen"でしょうか? 1枚の写真にこれだけのカフタイトルのバリエーションが揃うというのも珍しいです。 だからこそ怪しいという面もあるのですが・・・
ひょっとするとこの写真は技術学校かなにかで、各師団より選抜されて集まった下士官達が記念に撮影した中の1枚なのかもしれません。
写真の下士官達の中でひときわ目を惹くのがこの中央の人物、なんと襟章からプリンツオイゲン師団所属であるとはっきり確認できます。
袖のカフタイトルはおそらく42年以降に採用されたタイプで、左ポケット下のSSルーンはこの撮影日がおよそ43年以降ではないかという推測出来る唯一の証明となります。
このようなSSルーンは、襟にSSルーンの着用が認められなかった民族ドイツ系のSS隊員によってもしばしば着用された事実があるそうです。
もしこの撮影場所が学校関係とすると、さじずめこのあたりの人物が主要な教官となるのでしょうか・・・ 中央のSS中佐が1級戦功十字章をつけてることといい階級の割には勲章類が地味なのも、そう考えると納得がいきます。
両端の下士官は技術系の専門職の徽章を腕につけており、いかにも予備役から召集されて復帰してきたような教官風、なおかつ前列には年長者で古参SS隊員を示す記念章を右腕につけてる者が何人かおり、前線へあまり出ることのない後方勤務の専門職種という印象を強く感じさせます。
それにしても、この写真がReenactorによる再現だとしたら、このように目立った違いのはっきりわかる人物の選抜方法からして、服装だけでなく着てる人物まで細心の注意をはらって再現した完璧な撮影だとしか言いようがありません。 Webショップ等で画像を一目見ただけでは真贋の区別はまずつかないでしょう。
さて、ここまで見て貴方はこの写真を偽者・本物、どちらと判断しましたか?
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作成 : 2005年9月14日
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